色素増感太陽電池の作り方


 まだこの研究を始めたばかりの当時、ろくなデータがない(ゼロではない ^^;)にも関わらず我々が「湿式太陽電池をやってる」などと話そうものなら矢継ぎ早に「効率いくら?」「電極の導電性は?」等、質問責めに会うことはしばしばで、多くの研究者が興味を持っていることを実感しました。しかしながら今ひとつこの研究に入り込めない障壁となっている理由として材料の入手あるいは合成がやや困難なことや、セルの作製方法が文献等を読むだけではイメージできないことなど、要するに“よく分からない”点にあると思われます。そこで簡単な製作手順をここに紹介します。必要な材料は以下の4つ、具体的な購入先に関しては FAQ を参照されたし。

材料について

  1. 透明電極
     チタニアを焼き付ける都合上、〜500 ℃ 程度の熱に耐え、透明で電気を通すものなら何でも可。通常は導電性ガラス(TCO)と呼ばれ、95% 酸化インジウムと 5% 酸化錫からなる化合物(ITO)をガラス板に薄く蒸着した物などが用いられる。他に酸化錫にフッ素をドープした膜(FTO)もOK。温度の上限はガラスの軟化点に依存。
     現在、市場で流通している透明導電膜 FTO と ITO を付けたガラスには以下のような違いと特徴があります。

    FTO

    ・電気抵抗値は高い(→ 劣る)、ITO の約 6 倍
    ・加熱による抵抗値の増加は小さい
    ・耐候性に優れる
    ・表面に微細な凸凹加工がされている
    ・主にシリコン太陽電池用に生産

    ITO

    ・表面は平滑
    ・主に液晶ディスプレイ用に生産


     FTO は加熱による抵抗値の増加は小さいものの、もともと電気抵抗値が大きく、またその分導電膜を厚くしなければならないため光の透過性は少しだけ落ちます。要は抵抗値が小さくて透明な電極であれば、どちらでも良いという話です。
     酸化チタンの膜の付着強度を高めるのが難しくなりますが、導電性 PET フィルムというものもあります。
  2. 色素
     代表的なのはルテニウム錯体 [RuL2(NCS)2, L=4.4'-dicarboxy-2,2' bipyridine]。市販品。ポルフィリン系やシアニン系等、無数にある色素の試行錯誤の中からルテニウム錯体に落ち着いた。白金属のルテニウムを用いることから、高価な色素となっている。最近では C60 誘導体や BTS(スチリル ベンゾチアゾリウム プロピルスルフォネート)など毛色の変わった色素も試されており、耐光性の問題も含めてまだまだ改良の余地あり。教材としてはハイビスカスやアメリカンチェリー等植物の色素でも太陽電池としての動作が確認されており、性能は決して高くはないものの興味深いテーマの一つである。
  3. 電解質溶液
     一般に支持電解質としては、リチウムイオンなどの陽イオンや塩素イオンなどの陰イオンなど種々の電解質を用いることができる。電解質中に存在させる酸化還元対としては、ヨウ素−ヨウ素化合物、臭素−臭素化合物などの酸化還元対を用いることができる。溶媒は水系だと色素の寿命を早めるためアセトニトリル(20 vol%)とエチレンカーボネート(80 vol%)の混合溶液が用いられたりする。その他、多くのバリエーション有。
     一例として、Solaronix 社の低出力セル用電解液 Iodolyte TG 50 の中身は PEG #220(分子量 220 のポリエチレングリコール)にヨウ化リチウム(LiI)0.5M、金属ヨウ素(I2)50 mM を加えたものである。沸点が高くて蒸気圧が低いため、光電池の特性評価をするだけならオープンセルのまま測定が可能。
     あるいはまた LiI/I2(0.5M/0.05M)をメトキシプロピオニトリルに溶かしたものに増粘剤として PEG #600 を加え、更に開放起電力 VOC とフィルファクターを向上させるため 4-tert-butyl pyridine を添加したものなどがある。
     最高値を追求するためには支持電解質として LiI と I2、溶媒に 3-メトキシプロピオニトリル、粘性を低くしイオンの拡散をスムーズにする常温溶融塩として DMP II(1-propyl-2,3 dimethylimidazolium iodide)、更に逆電流を防ぎ開放起電圧を高める 4-tert-butyl pyridine を所定比混ぜた特殊な溶媒が用いられたりする。また、Gratzel らが最高値を出すときに用いた電解液はアセトニトリルがベースの溶液だと言われているが、いずれも熱による蒸散が大きいため、セルを組んで光学特性を評価する時には溶媒のシーリングが必要になる。
    調製例:doi:10.1016/j.jphotochem.2006.06.028
    No. in Graetzel lab.
    LiI
    I2
    1,2-dimethyl-3-propylimidazolium iodide(DMPII)
    Butylmethylimidazolium iodide (BMII)
    N-methylbenzimidazole (NMBI)
    4-TBP
    guanidinium thiocyanate
    Solvent
    備考
    -
    0.1
    0.05
    0.6
    -
    -
    0.5
    -
    Acetonitril (AN)
    標準組成
    -
    0.1
    0.8
    -
    0.1
    -
    -
    3-methoxypropionitrile (3MPN)
    高耐久性(Robust)
    A6141
    -
    0.03
    -
    0.6
    -
    0.5
    0.1
    Acetonitrile and Valeronitrile (volume ratio: 85:15)
    最高値向け
  4. チタニア TiO2
     同じ組成式の TiO2 でも実際には 7~8 種類の多形が存在する。電池として使用される多くはアナターゼ型。グレッツェルの電池があのように良く働くのは直径 10〜30 nm 級の超微粒子を用いた所がミソで、広大な比表面積を持つこれらの粒子上に多くの色素を吸着させることによって 10% という高いエネルギー変換効率を達成した。これより少しサイズの大きめのルチル粒子や光触媒としてよく用いられる商品名 P-25 TiO2 を僅かに混ぜると、局部的な光の散乱による閉じこめ効果により特性が向上するという報告あり。市販品。

    セルの組み立て

     以上がそろった上で
    【1】チタニア粉末をポリエチレングリコールや 10% アセチルアセトン、水等と混ぜてペーストを調製する。これを導電性ガラスに塗布する。
    【2】塗り方は人によって様々ですが、大別すると以下の4通りあります。

     (1) ドクターブレード法
     ドクターブレードというのは道具の名前、ステンレスの塊でこのような形をしています。実際に使用する時は逆さまにして使います。ミソは縁の平らな部分と中央の山型の頂点部分に微妙な段差が設けてあり、ペーストにこれを押し付けて引っ張ると隙間から段差の高さ分だけすり抜けて均一な厚みの膜ができます。
     市販品では安い物でも1個数十万円します。簡単そうなつくりに見えますが、完璧な平滑面を出すためにはステンレスの大きな塊を研摩し、凹凸の少ない中央部分だけを切り出して作るという贅沢な逸品です。製図の一例(PDF 16KB)。
     (2) スキージ法
     スキージというのは道具の名前です。別ページに詳しく解説したので参照のこと。メンディングテープで段差を作ってガラス棒で引き延ばします(← これで結構綺麗にできる)。テープは住友スリーMニチバンなど幾つかのメーカーと種類がありますが、厚みは 63μm のものがほとんどです。
     (3) スピンコート
     どちらかというと薄膜向けの装置ですが、スピンコーターというのがあります。中央の試料置き台にガラス板を乗せて、上からペーストやゾル溶液等を垂らして所定の回転速度で回すと均一な膜ができます。試料置き台の中央には穴があいており、回しても試料が飛んでいかないよう、下からポンプで真空に引っ張ります(アルミフォイルはただの汚れ防止なので特に意味はなし)。
     回転数の目安として、液を垂らして軽く回転させてから3倍くらい早い回転を与えると均一な膜が形成されるという報告があります。粘度と回転数で塗布厚みのねらい値が変わり、板の大きさが 1 inch2 程度として
     溶液の粘度 25 cP で 5〜10μm にするには 500 rpm →1500 rpm 程度。
     溶液の粘度 100 cP で 20〜25μm にするには 500 rpm → 2500 rpm 程度。
     (4) スクリーン印刷
     年賀状作製用の「プリントごっこ」と同じ原理で、細かいメッシュの上に高粘度(10,000 cP 程度)のペーストを載せて押しつけることにより均一な厚みの膜を作製する方法。メッシュの粗さとペーストの粘度によって膜厚が変化します。別ページに詳しく解説したので参照のこと。

    【3】チタニアコート透明電極を 400〜500 ℃ で焼き付ける。出来上がりはややくすんだ透明。
    【4】これを色素のアルコール溶液に浸す。容器はシャーレや染色バットなどを使用。室温、もしくは 80 ℃ の乾燥機に入れて1晩放置。よりしっかりとした色素の吸着を実現するため、色素溶液を環流させる場合もあり。
    【5】対極としてもう片方の電極を上に重ねて
    【6】板と板の隙間に電解質溶液を含浸させる。

    【7】溶液が漏れないように周りをエポキシ樹脂(アラルダイトよ ^^;)で固めてできあがり。

    *【3】〜【7】については追って書き直したいと思います。
    *上記の写真はデモ用のセルなので半透明に仕上げていますが、最高値を追求するセルでは酸化チタン膜もこれより厚く、対極にも白金を蒸着しますので完全な不透明となります。
                

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