札幌の夜



 初めての学会発表を終え、その夜教授はささやかな祝宴を開いて下さった(お金の出所はこの際、問わないことにする)。1997年10月27日、ここは札幌すすきの。その名も「さっぽろっ娘」という居酒屋にいた。教授・内田・福上・柳沢・Eka計5名がテーブルに着いた。久々の御馳走だ。なんせ筋金入りのベジタリアンと行動を共にしていたから、北海道に来てまで仙台からずっとロクなものを口にしていなかった。しかしながらそれまで溜め込んでいた鬱屈した気分も豪華な料理を目の前にしてあっという間に霧散してしまった。お刺身、甘エビ、魚、ホタテにウニ。次から次へと繰り出される旬の味覚。そして、、、お酒。

 そんな中、一人だけ心が晴れない男がいた。柳沢。割り引いて表現しても“ひどい発表”だった。かすれた線が汚く残ったOHPに、要領を得ない説明。自分を客観的に見る術と余裕のない彼にとっては、思い出したくない苦い経験となった。一刻も早く忘れたいという思いが彼を暴飲暴食へと駆り立てた。
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 「ご馳走様でした」すっかり微酔い気分で店を出たのはそう遅くない時刻であった。そうそう、今日はワールドカップの予選がこれから始まるんだったっけ、早く宿に帰らなきゃ。教授は別なホテルへ、福上は友達との待ち合わせで通りへと消えた。残る3名はまっすぐ宿へ向かって歩き出した。煌びやかな夜の町、札幌。歩き出して間もない頃、柳沢の挙動が不自然になった。体を上下に揺すりながら、ちょうど膝から下だけで歩き出す。「あのぅ、もよおしちゃったんですけどぉぉ」(←店を出る前に言えよ!)。予定ではこのまま少し行けば“大通り公園”に着くはずだ。本人もそれまではなんとかなりそうだと言っていた(ならないんだなぁ、これが ^^;)。急ごうにも急げず、次第に苦痛で顔を歪める彼(もしかしてデカい方?)。手を堅く握り締め、しゃがみ腰になって、まるでできの悪いロボットが歩いているみたいだ。

         ンもう限界だ。

とその時、突然視界が開けた。公園だった。トイレはええと、、、あそこだ!駆け込む柳沢。が、なぜか直ぐに出てきてそのまま一目散に反対側の女子トイレに入ってしまった。おいおい、それじゃまるで変質者ぢゃないか。
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 先客がいないことを祈りながら、他に人が入って来ないよう入り口で見張りをしていた。意外と長い時間が経った。ようやく中から出てきた彼は入念に手を洗っていた。事態は容易に理解された。「何で女子トイレなんかに入るんだよ!(内田)」「男子トイレには紙が無かったんっすよぉぉ(柳沢)」。しばし沈黙。

 何事もなかったかのように再び歩き出す3人。おかしい、コイツ何か隠している。何を恐れているんだ、柳沢(俺が気付かないとでも思っているのか?)。もしかして。。。。。

 「ぶあっ、はっ、はっ、はー」堪えきれずに笑ってしまった。「おい、男子トイレに紙が無かったってことは女子トイレにも...そうなんだろ?」「どうやってケツ拭いたんだよ、え??」。

 「ぐわぁぁ」柳沢の絶叫が木霊する札幌の夜であった。



 ここで一句 



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