一生の不覚
その日、邪悪な霊気が静かに波を打って、ゆっくりと一人の男を飲み込もうとしていた。時あたかも1998年12月22日午後6時、全ての位相が彼の下でぴたりと一致した。。。
調子こいて飲みまくる柳沢。いつもの受け狙いで自虐的な行為に走る芸風は止まる所を知らず。お酒グビグビ、ビールごっくん、ワインにとどめはウィスキー。
宴会が終わったのが8時。誰が無理強いしたでもなく、勝手に酔っぱらったにもかかわらず「西野ぉ、てめえ〜」などど口走りながら帰路につく。足下はふらつくもののまだ意識有り。藤代、ハマ子さんらは方向違いなのでここで別れる。
「これはまずいな」と気が付いたのはダイエー交差点辺りに来てから。与太つく柳沢を両脇から二人掛かり交代で支えていたものの、重みが次第に増して行き、それに比例して彼の意識は遠退いて行った。使い捨てカメラを購入し、ここぞとばかりに写真を撮ってはしゃぐ西野&柏木。「2次会どうしようかなぁ」教授が前を歩く健太郎の尻にケリを入れながらつぶやいた(マジですか? T_T;)。藤崎デパート手前まで来たとき「ブチッ」と音がしてジーパンが裂け、それまで握っていたベルトが外れた。と、同時に支えきれなくなって体をそのまま地べたに横たえた。「ゲボゲボッッ」
酔っぱらいお約束のエクトプラズムが口から吐き出される。衣服に付かないよう引きずる。また吐く(繰り返し)。瞬く間にゲロの帯がアーケード街の床に広がってしまった。道行く人々は好奇と軽蔑の眼差しで通りすがる。量が量だけに放っておくわけに行かず、近くでティッシュを購入してひたすら拭う。悪臭と戦う人達。たまらん
「このままだと死ぬかもしれない」そんな予感をさせたのはサイカワの交差点が見え出した辺りから。既に呼びかけには全く応じず、口から舌が出てきた。もはや一刻の猶予もない。健太郎が救急車を呼ぶ。「おい、起きろ、こらっ」自分のイライラを暴力に転化して柳沢に当たる西野。襟を掴んで揺するは平手打ちするはで、もう。案の定、手が滑って只の物体と化した柳沢の頭はそのまま地面へ、「ゴクッ」と鈍い音が響く(これで3度目だ)。
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長い時間だった。20分くらい経っただろうか、ようやく救急車が到着した。黒山の人集り。よく見ると教授が見物人に紛れて笑っている。「お酒飲み過ぎちゃったんだよねー、しょうがないねー」。事態が深刻になって気が動転したせいか、まるで「俺は関係ないよ」と言わんばかりに他人事を装う(見てる場合じゃないよん)。救急隊員が降りてきてペンライトを柳沢の瞳に当てるも全く反応なし(やばい!)。簡単な事情聴取、健太郎がテキパキと応対する。結局そのまま付き添う形で2人共収容された。「おい、元気か?返事しろっ」怒声を張り上げながら救急車を叩く西野、お巡りさんに押し戻される。救急車はなぜか発進しない。どうやら病院に空きがないらしい。傍観しててもしょうがないので、急いで片平に戻って車で後を追うことにした。「んー、僕どうしたらいいかなぁ(← いやー、あの辺りから記憶がないんだよ:教授談)」おいおい。
信号を無視して後を追いかけたら救急車はまだ発進していなかった。少し走り出したかと思うとまた直ぐ止まる。本当に空きがないらしい。ようやく病院が決まった時には、サイカワで倒れてからかれこれ1時間近く経過していた。
大学病院緊急治療室にて。お医者さん1人,看護婦さん2人,付き添い2人,キャスター付きの診察台に仰向けになって点滴を受ける柳沢。依然意識戻らず、瞳孔反応なし。「グフッ」しばらくして再びゲロを吐く、すかさずチューブで吸い取る。よく見ると髪はベトベト、鼻にも吐瀉物が詰まっている。生きた屍?
「急性アル中ってどこの病院でも嫌がられるんだよねぇ」「(付き添いで来た)おたくらに言ってもしょうがないんだけどさ」「えっ、うちの学生なの?(呆れ)」深閑とした闇夜の中、そんな会話が続いた。と、突然異臭が立ちこめた。柳沢、痛恨の失○であった。事態は益々悪化を辿っている。「こればっかりはねえ」、後は任せろというニュアンスで看護婦さんらに部屋を追い出された。プロフェッショナルな仕事ぶりにただただ頭が下がるばかりであった。...しばらくして黒いビニール袋に入ったウ○コまみれのズボンとパンツを渡された。「いったい、オレにこいつをどうしろっていうんだ??」
ようやく病室が決まり、我々シロートにはよく分からないセッティングが慌ただしく行われ、一段落すると再び暗く静まり返った夜が来た。10時。下着と着替えを取りに健太郎を残して帰宅、いや、片平へと向かった。
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その頃、研究室には柳沢と似たような死体がいくつも転がっていた。酒豪の?呉さんは4階のトイレにへたばり、ゲロを吐いていた。それにつられてマナンも一緒にもらいゲロをしていた。西野はしばらく横になっていたが、目が覚めるとどこかへ消えてしまった。現実逃避モードですっかり酔っぱらった教授は、そのまま教授室のソファに寝込んでしまった。殷さんがストーブを炊いて自分のジャンバーを掛ける。正木と川合は帰り道に(柳沢の)落とし物がなかったかどうか、わざわざ町へ戻って探しに出かけていた。柏木は、、、マイペース。
家で心配するといけないのでちょくちょく教授を起こしに行くが、その度に「んあー」「ぐー」。少し目が覚めてくると今度は不愉快そうな口調で「いいんだよ、まだ」と怒られた。小声で「先生、帰りましょう」ようやく呼びかけに応えて正気に戻ったのが朝2時。あまり刺激しないよう簡単に状況説明をし、車で自宅の向山へ。「そうかぁ、あの呉さんが酔っぱらったんなら(自分が倒れても)しょうがないな」(って、他にもっと気にかけることがあるでしょが T_T;)。
近くのコンビニでシャツとパンツを買い、家に着いた。疲労の極みにあったが死にかけている柳沢の顔が頭に浮かんでなかなか寝付かれず、朝5時。うとうとし始めた矢先にPHSが鳴った。健太郎からだ。「今、意識が戻りました」。
<<うををを、生きてて良かった>>(泣)。
朝9時、もう一度目が覚めた時点で迎えに行くことにした。心配していた西野にも連絡をとる。2人で病院に着くと柳沢は薄目を開けて起きていた。昨夜の話をするも、本人に記憶が無いため実感が湧かないらしい。が、現実に引き戻されるのにそう時間はかからなかった。そう、彼はスッポンポンでおまけにパンパースを履いていた。カーテン越しに着替える最中「何でこんな事に」「くっ」「かっ」と言葉にならない雄叫びが聞こえてきた。ベッドから身を起こすと、彼は今度こそ最後のゲロをしに洗面所へ向かった。健太郎に聞くところによると、通算5本(2.5L)の点滴を打ったにもかかわらず脱水症状がひどかったらしい。体温の低下で震える柳沢を時々さすりながら夜を明かしたという(合掌)。
一通り手続きを済ませて退院する。朝日が眩しい。車でアパートまで送り、念のため教授に電話で報告する。「そうかぁ、それじゃ今日はアルバイトできないな」*。えっ?
それからわずか2時間後(昼12時)、あれほど暴れて最後には「柳沢君が、柳沢君が、」と心配して?泣きじゃくっていた西野氏は魯迅の碑の陰に隠れてアイスクリームを舐めながらオネーチャンと待ち合わせをしていた。
* 企業から依頼を受けた仕事の都合で学生諸子にむりやりアルバイト(実験)を強要していた。
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