1月20日、岡山で開かれた学会の帰り、内田・殷・柳沢は御当地見学に繰り出すことにした。特に予定を立てていたわけでもないが、時間に余裕があったので電車で倉敷市に移動し、「大原美術館」を目指した。
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今にして思えば、それは賢明な判断だった。エル・グレコ、ロートレック、ゴーギャン etc.
世界の名だたる名画がそこかしこに展示されており、見る者を圧倒する。第二次大戦中、この美術館が存在したが故に岡山県は原爆投下を免れたとも聞く。
物静かな館内をゆっくりと一巡し、最後の「西洋の現代美術」へ差し掛かったところで柳沢がすくっと立ち止まった。そこには、ガラスケースに収められた漆黒の女性の彫像が展示されていた。
「このお尻(ケツ)のラインが“いまいち”なんですよねぇ」
柳沢が真顔で振り向き様に話かけた相手は、、、ただの他人だった。黒いハーフコートを羽織ったその人は、着ている物といい、背格好といい、ちょうど殷さんとそっくりだったのだ。それにしても恥ずかしい。なにゆえこの荘厳な美術館の中でケツの話をおカマシになるのか。。。
引きつった笑顔をこわばらせたまま凍り付いた本人を尻目に、内田と殷さんは他人のふりをしてその場を去ったことは言うまでもない。