エア・メール




 ある朝、彼の手元に一通のエア・メールが届いた。緊張が走る。それはある程度予定されていたことだったが、事情を知る者は限られていた。ここだけの話、先日上に内緒で論文を欧文誌に投稿したばかりであった。きっとその返事が返ってきたに違いない。それまで何かと研究の足を引っ張られ、新しいアイディアと興味の芽をつみ取られた挙げ句、苦心のデータをムリヤリ自分の意図とはかけ離れた理屈でまとめた論文にされてきた経験上、今回だけは譲るわけにはいかなかった。英語もそれらしく仕上げられていたことから察するに、他に協力者がいたのだろう(笑)。ちなみに最初、アメリカのトップジャーナル誌 J. Am. Chem. Soc. に投稿するもあっさり蹴られ(reject)、若干格下?の Chem. Mater. 誌に再投稿するはめになったのはご愛嬌だ。いや、柳沢氏ならではの暴挙であった。

 張り詰めた空気を払いのけるようにして恐る恐る封を開ける柳沢。しばし沈黙。
                  ・
                  ・
                  ・
 んっ、見覚えのない論文?「こっ、これは!」。それはデキの悪いアメリカン・ジョークだった。曰く、「Dr. 柳沢先生。この度は誠に恐縮ながら論文(←他人の投稿した論文)校正に御協力頂きたくお願い申し上げる次第です。つきましては内容をよく査読,御理解の上10日以内に感想とコメントを書き添えて御返送下さい。 ... by 編集長」。

 「いやー、すごいですね、柳沢先生。私なんかこの前この雑誌に投稿して却下されたばかりですよ(笑)by 殷さん」









 実は更にもう一報、内緒で投稿していたりして...

   目次へ