雑誌会資料 2001.7.30(月)内田 聡
「非水溶媒中における多結晶 TiO2 電極の分光学的フラットバンドポテンシャルの決定」
【緒言】
非水溶媒中(MeCN, THF, DMF, MeOH, EtOH)、新たに開発した分光学的手法を用いて多結晶 TiO2 電極のフラットバンドポテンシャル Vfb を決定した。水や親プロトン性非水溶媒(MeOH, EtOH)中の Vfb は疎プロトン性非水溶媒(MeCN, DMF, THF)に比べて値がかなりプラス側に大きいということが分かった。更に、親プロトン性非水溶媒中では Vfb が電解質に依存しないが、疎プロトン性非水溶媒では電解質カチオンに依存することが分かった。電位を決定するカチオンは Li+, Na+ および Mg2+ であることが分かった。Vfb の決定においてはカチオンの吸着とインターカレーションの両方が重要であるという結果が示された。
【実験】
フラットバンドポテンシャルの決定:
(1) 平均直径 15 nm の TiO2
粒子はチタンイソプロポキシドの加水分解によって調製した。
(2) これを 160 g/L に調製した後 Carbowax を対 TiO2 で 40 %
加えて白い粘性溶液にし、導電性ガラス基板上に塗布した。*0.5 μm,
F:SnO2
(3) この膜を空気中で 1 h 乾燥してから 500 ℃ で 12 h 加熱し、厚さ 4
μm の酸化チタン膜を得た。
(4) 以上のようにして得た TiO2 電極(表面積 2.0
cm2)は作用極とし、白金対極、塩橋を介した飽和カロメル参照電極(SCE)の近接した
3 電極によって仕切り、電気化学セルを構成した。
(5) 電位の制御は Hewlett Packerd 3310A
ファンクションジェネレータと、これに連携した Thompson Electrochem
Ministat 精密ポテンショスタットで行った。
(6) 上記のセルを Hewlett Packerd 8452A
ダイオードアレイ分光器の試料室と一体化し、光電特性を評価した。吸光係数は
780 nm で測定し、印加電圧は特に理由がない限り 0.005 V
sec-1 で走査した。
溶媒調製:
試薬類:
TBAP:過塩素酸テトラブチルアンモニウム
TPAP:過塩素酸テトラプロピルアンモニウム
TMEP:過塩素酸テトラエチルアンモニウム
TMAP:過塩素酸テトラメチルアンモニウム
TBABr:臭化テトラブチルアンモニウム
TBAI:ヨウ化テトラブチルアンモニウム
【結果】
1.電解質水溶液中における多結晶 TiO2 電極の Vfb の決定:pH 2.0(HClO4 添加)とpH 11.0(KOH 添加)の 0.1 M TMAP 水溶液中で、780 nm の吸光度を印加電圧の関数として測定した。結果を Figure 1a に示す。電位の分離は 0.54 V で、pH 単位当たり 0.06 V のシフト(理論値)にほぼ等しい。電解質溶液に 0.1 M LiClO4 を加えて上と同じ測定をした結果を Figure 1b に示す。電位は pH 単位当たり 0.06 V シフトした。Figure 1a に示したデータと対応する各軌跡の差はわずか 0.01V 以内であった。この観察結果は水溶液中の TiO2 の Vfb が使用する支持電解質に依存しないという一般的な主張と一致する。これより、pH と 電解質水溶液中における多結晶 TiO2 電極のVfb との関係は以下のように記述することができる。
Vfb = -0.40 - (0.06×pH) (V, SCE) (1)
式 1 を用いて、pH 2.0 と pH 11.0 の電解質水溶液中における多結晶 TiO2 電極のVfb を求めると、それぞれ -0.52, -1.06 V と算定された。
2.電解質非水溶液中における多結晶 TiO2 電極の Vfb の決定:780 nm での吸光度を印加電圧の関数として測定した。このデータを Figure 1a 中のデータと並べてプロットし、MeCN(0.2 M TBAP)中における多結晶 TiO2 電極のVfb を決定した。結果を Figure 2 に示す。Vfb は -0.24 V と算出された。DMF(0.2 M TBAP)と THF(0.2 M TBAP)中ではそれぞれ -2.04 及び -2.34 V という値が得られた。同様にして MeOH(0.2 M TBAP)中の結果を Figure 2b に示しす。Vfb -1.12V の値が得られた。EtOH 中では -1.39 V であった。
2.1電解質濃度の影響:非水溶媒について電解質溶液に LiClO4 を添加した場合の Vfb に及ぼす影響を調べた。結果を Figure 3 に示す。水溶液の場合と異なり、LiClO4 の添加によって MeCN(0.2 M TBAP)中の多結晶 TiO2 電極の Vfb がはっきりと影響を受けている様子が分かる(Figure 3a)。(図にはプロットされていないが)10-4 M もの微量の LiClO4 の添加では ΔVfb 0.03 V の再現性のあるプラス側への移動を引き起こし、更に多く添加すればするほど ΔVfb も大きくなった。 MeCN 中の LiClO4 の活量を各濃度について計算し、Vfb に対してプロットした(Figure 3b)。LiClO4 濃度がある点を超えるとステップが表れた。10-3 M までは活量の単位当たり 40 mV の緩やかな上昇が見られ、電極表面に Li+ イオンが吸着されることによるものだと解釈される。この挙動は電解質を NaClO4, Mg(ClO4)2 に変えても観察された。LiClO4 濃度が高い領域で急激に Vfb が増加するのは Li+ イオンが TiO2 結晶格子の表面にインターカレートされるためと考えられる。
THF と DMF について同様の実験を行ったところ、定性的に類似の挙動が得られた。以上の実験結果を Table I にまとめて示す。MeOH 中で行った実験では Vfb が全く変化しなかったのに対して、EtOH で観察された挙動は MeOH と MeCN で観察された挙動の中間であった。
ハ
2.2電解質の種類の影響:非水溶媒中における多結晶 TiO2 電極の Vfb を決める電解質の役割を検討した。
(1) 電解質アニオンが Vfb に与える影響を調べた。テトラブチルアンモニウム(ClO4, Br, Cl, I)の Li 塩を用いた。結果をTable II に示す。→大きな影響は見られなかった。
(2) アルキル鎖の異なる電解質カチオンが Vfb に与える影響を調べた。過塩素酸アンモニウム(TBAP, TPAP, TEAP)について調べた。結果を Table III に示す。→大きな影響は見られなかった。
(3) 電解質カチオンが Vfb に与える影響を調べた。LiClO4, NaClO4, MgClO4 を用いた。結果を Table IV に示す。→大きな影響は見られなかった。しかしながら、カチオン濃度が 1×10-1 M と高い場合は、Na 系だけ突出して Vfb の値が小さかった。イオン半径が Li+ は 1.18 と Na+ 2.04 よりも小さく、また Mg2+ は 2 価カチオンであるといった違いがこのような違いを生み出しているものと考えられる。
ハ
【結論】
新規に開発した分光技術を用いて、非水溶媒(MeCN, THF, DMF, MeOH, EtOH)中で多結晶 TiO2 電極のフラットバンドポテンシャル Vfb を決定した。
(1) 水と親プロトン性非水溶媒(MeOH, EtOH)ではプロトンの吸−脱着平衡が起きるため、疎プロトン性非水溶媒(MeCN, DMF, THF) よりも Vfb が正側になることが分かった。
(2) 更に、親プロトン性非水溶媒では Vfb が用いる電解質に依存しないのに対して、疎プロトン性非水溶媒では Vfb が電解質カチオンに依存することが分かった。電位決定能が明らかになったカチオンは Li+, Na+, Mg2+ である。
(3) カチオン濃度が低いときは表面吸着に伴い Vfb が正にシフトするといった対応があるが、高濃度の場合は電極表面近傍の(カチオンの)インターカレーションが重要である(→寄与割合が高い)と考えられる。
(4) 観察された Vfb のシフトがどの程度吸着に依存し、またどの程度インターカレーションに依存するのかを定量化することについては今後の課題である。