Solid-state dye-sensitized mesoporous TiO2 solar cells with high photon-to-electron conversion efficiencies
U. Bach, D. Lupo, P. Comte, J. E. Moser, F. Weissortel, J. Salbeck, H. Spreitzer & Michael Graetzel
Nature, 395(8) 583 (1991).


「光子−電子変換高効率色素増感型メソポーラス TiO2 固体太陽電池」

 ホールコンダクターはスピロ−センター(2つの芳香族残基に繋がった四面体炭素)を有しており、ガラス形成特性を向上させ、有機材料の結晶化を抑制するために導入された。Tg = 120 ℃ のガラス遷移温度は示差操作熱量計で測定したが、広く用いられているホールコンダクター TPD(N,N'-ジフェニル-N,N'-bis (3-メチルフェニル) 4,4'-ジアミン;Tg = 62 ℃)よりもずっと高い。結晶化はメソポーラスな TiO2 表面とホールコンダクター間の良好な接触をそこなうため望ましくない。メトキシ基はホール輸送媒体(HTM)の酸化電位が本研究で用いられている増感材 Ru(II)L2(SCN)2(L は 4,4'-ジカルボキシ-2,2'-ビピリジル)の電位に一致するよう導入された。

 Fig.1 に色素増感異種接合部で生じる電子移動機構の概要図を示す。増感材による可視光の吸収に引き続いて TiO2 の伝導帯へ電子が移動する。色素は HTM へホールを注入して再生される。TiO2 の伝導帯電子はその後 HTM 中のホールと同じように電気的誘導によって接触している電極へと移動する。光誘起電荷分離過程を詳しく調べるため、ナノ秒パルスレーザー光分解装置を時間分解吸収分光器と連携して用いた。Fig. 2 に色素増感メソポーラス TiO2 膜の OMeTAD がある時と無い時の過渡吸収スペクトルを示す。測定はレーザー励起後 50 ns レンジである。OMeTAD が無い場合は、〜500 nm で色素の白化(bleaching)が観察され、600 nm より上では酸化された色素 Ru(III)L2(SCN)2+ と TiO2 の伝導帯電子の吸収に起因する広いプラスの過渡吸収が観察された。フェムト秒領域において電子の注入が進む一方、その後酸化された色素による注入電子の再帰は数マイクロ秒かかる。OMeTAD が存在する場合、bleaching のシグナルは消える。その代わり、レーザーパルスと垂直に過渡吸収が起きる。OMeTAD が存在する時に得られた過渡スペクトルを化学的に酸化された OMeTAD の吸収バンドと比較すると、新しいスペクトル特性を生じる化学種はラジカルカチオンの OMeTAD+ であることが分かる。明らかに、励起された増感材から TiO2 への電子注入は以下に示すような OMeTAD へのホールの移動を経由して即座の色素の再生に続いている。

 Ru(II)L2(SCN)2* → Ru(III)L2(SCN)2++e-(TiO2) (1)

 OMeTAD+Ru(III)L2(SCN)2+ → Ru(II)L2(SCN)2+OMeTAD+ (2)

式 (2) で示される過程は用いたレーザー設備では速すぎてホール移動時間の上限を 40 ns に設定してもモニターできなかった。

 Ru(II)L2(SCN)2 増感剤の支持体として TiO2 の代わりにメソポーラス Al2O3 を用いてブランク実験を行った。励起状態の色素から OMeTAD へホールの移動は、観察された光誘起電荷分離現象に対してほとんど寄与しなかった。

 異種接合型色素増感光電池特性は Fig. 3 に概略図を示すサンドウィッチ型セルを用いて調べた。導電性ガラス(F-ドープ SnO2、シート抵抗 10Ω/□)から成る作用電極はその上に噴霧乾燥法で TiO2 緻密膜を堆積させた。これは短絡による HTM 層と SnO2 間の直接接触を避けるためである。4.2 μm 厚の TiO2 メソポーラス膜は緻密層上にスクリーン印刷で堆積させ、アセトニトリルからの吸着によって Ru(II)L2(SCN)2 を誘導した。HTM はクロロベンゼンに溶かした OMeTAD 溶液のスピンコートにより TiO2 膜のメソポア中へ導入し、続いて溶媒を蒸発させた。半透明の金の背面接触は真空下ホールコンダクターの真上で蒸発させることにより得た。

 Fig. 3b に代表的なセルの閉回路条件下における光電流作用スペクトルを示す。得られた値は導電ガラスの反射と吸収による補正をしておらず、少なくともスペクトルの可視領域において 15% の損失が見積もられる。曲線は色素の吸収スペクトルと非常に良く一致し、観測光電流が増感剤による電子の注入に起因することが確かめられた。入射光−電子変換効率(IPCE)の最大値は 33% であり、これまで報告された同様の固体異種接合型色素増感体の値の 2 倍以上に相当し、液体電解質よりも〜1/2 程度しか低くない。

  Fig. 3b 中のデバイスで用いられた被覆溶液は 0.33mM N(PhBr)3SbCl6 と 15mM Li[(CF3SO2)2N] に加え、0.17M OMeTAD を含む。これらの添加剤がないと、IPCE の最大値はわずか 5% であった。N(PhBr)3SbCl6 はドーパントとして働き、光電気化学測定により確かめられた酸化によって HTM 中に自由電荷のキャリアを導入している。N(PhBr)3SbCl6 による OMeTAD の部分酸化は、ドーパントレベルを制御するのに便利な方法である。クロロベンゼン中の OMeTAD 溶液に N(PhBr)3SbCl6 を加えると、mラジカルカチオン OMeTAD+ が直ぐに生成する。OMeTAD+ の光学特性はハイポクロミズム hypochromic シフトを除いて溶媒の蒸発中に変化しない。数週間に渡って吸収変化は検出されず、HTM 中の OMeTAD+ の暫定的な安定性を確かめることができた。

 2 つ目の添加剤 Li[(CF3SO2)2N] は Li+ イオンの源であるが、TiO2 に対する電位−決定(剤?)として知られる(参考文献 16)。Ru(II)L2(SCN)2 のカルボキシル基からのプロトンと一緒に、酸化物の表面上で正の電荷を授与する。増感材が負に帯電していることから局所電場が生じて TiO2 への電子の注入を支援する一方で、酸化された色素によって電子の再捕捉が阻害される。リチウム塩はまた空間−電荷効果を償うのかもしれない。異種接合体の光照射下では、電流の流れをそこなう局所電場も含めて、全正空間電荷は HTM 中に生成されることが予想される。リチウム塩はこの場をさえぎることができ、それによって光電流の空間−電荷の制御を除去する。また LiClO4 に浸漬させることで色素増感異種接合体の光起電力特性が向上することが Murakoshi らによって報告されている。

 Fig. 4Fig. 3a で示されたデバイス構造によってもたらされた電流密度/電位曲線を示す。曲線 I と II は N(PhBr)3SbCl6 ドーパントと Li[(CF3SO2)2N] 塩を含むホールコンダクターについて得られた。曲線 III はこれらの添加剤を含まないものである。曲線 I は暗下で測定したもので、曲線 II と III は光照射下で得られたものである。添加剤を含まないホールコンダクターからなるデバイスは芳しくなく、9.4 mWcm-2 の白色光照射時に得られた変換効率は 0.04% であった。ドーパントと Li+ 塩を添加することにより全体の変換効率は 0.74% まで増加した。Full 太陽光(100 mWcm-2、エアマス 1.5)照射下で、閉回路高電流密度は 3.18 mAcm-2 まで達し、有機固体をベースとした太陽電池としては先例のない値となった。電池構成の多くのパラメータはまだ最適化されていないため、更なる光起電力特性の向上が期待される。400W Xe ランプの可視光を用いて 80 h 以上達成した安定性の予備試験では光電流は±20% 以内で安定しており、開放起電圧とフィルファクター(Method 参照)は増加することが分かった。セルを通過した全電荷は OMeTAD と色素についてそれぞれ約 8,400 と 60,000 であった。これはホールコンダクターが著しく壊れたりせずに光起電力操作を維持することを示している。

 今回の発見では色素増感異種接合のコンセプトが非常に興味深いものとして、また目に見える未来の低コスト固体太陽電池の選択肢として現れている。