【出会い】

 柳沢君と私は今から6年前、彼が4年生として研究室に配属されて以来の

付き合いでした。私は助手で彼は学生という立場と年齢の差はありましたが、

同じ「研究する人生」を選んだという意味では同胞でした。

 

【日常】

 一般に煩悩に振り回されて時間を浪費する学生が多い中で、あるいはそう

した無邪気な(自己管理のできない)周囲の人達に惑わされることもなく、

真っ直ぐと自立した研究者としての道を突き進んでいく様は誰もが一目置く

ところでありました。自分の立てた計画に沿って淡々と研究をこなしていく

姿は、そのまま社会に出ても Professional として十分通用するレベルに到

達しておりました。

 

【思いやり】

 また決して自分本位というわけではなく、朝一番に登校して部屋のゴミを

捨て、他人の散らかした実験台まで掃除をしてから実験を始めるのが日課で、

面倒見も良く、同僚や後輩からの信望も厚い人物でした。私生活においても

献血5Lで宮城県赤十字協会から表彰されるなど、意外な一面も持ち合わせ

ておりました。

 

【苦渋】

 そんな彼にもどうにもならないことが1つだけありました。彼が取り組ん

でいた研究テーマです。残念ながら彼の与えられた「研究」は創造力に乏し

い、身のないものであり、気がつくと彼がいくら努力を重ねても一部の者を

喜ばすだけの「作業」にすり替わっておりました。こうした困難な状況にも

関わらず、博士課程進学の半ば頃には卒業に必要なデータをほとんど揃えて

しまい、それとは別に彼本来のやりたかった光(ひかり)合成系の実験を内

緒で平行して始めるという二足のわらじを履く状態が続いておりました。

 

【転機】

 そんなある日、スウェーデン留学案内の張り紙を見たことがきっかけで、

ストックホルム大に行くことになったのは今から2年前の9月のことです。

学位を取ることに関しては振り出しに戻るどころか、言葉のハンディキャッ

プを考えればマイナスからの再スタートであったわけですが、それでも心穏

やかに研究に打ち込める環境を手に入れられることを思えば、無理からぬ選

択でした。旅立ちは決して順風満帆ではなく、不安と苛立ちの中での留学だ

ったと想像しますが、運にも助けられて研究者としては申し分のない所で過

ごすことができたと思っています。

 

【再起】

 先方の留学先でも人一倍熱心に研究に取り組み、次世代の有機太陽電池開

発に向けて試行錯誤しながら、それでも着実に成果を積み上げておりました。

短い留学期間でしたが、その間に彼が成し遂げた研究成果は2報の英語の論

文としてまとめられ、近々発表される予定と伺っております。その実力はノ

ーベル賞選考委員を勤める Alkermark 教授が認めるほどの内容でありました。

世界に通用する貴重な研究者を失ったという意味でも彼の損失は測り知れま

せん。

 

【思い出】

 彼は普段から人を驚かすのが大好きで、カレーライスの早食いやら、仙台

市科学館の催し物におけるTV出演やら、数々の逸話を残しております。今

回も何かの冗談であって欲しいと願わずにはいられなかったのですが、最後

だけは笑えない結末を迎えることとなってしまいました。今となっては何も

かもが全て手遅れです。無念でなりません。

 

 

柳沢将君へ:もう、頑張らなくても良いのです。お帰りなさい。

      本当にお疲れさまでした。安らかにお眠り下さい。

 

                  2001.8.21 東北大学 助手 内田 聡